日本橋出張マッサージでリフレッシュできました

友達が紹介してくれた鍼灸・マッサージ院に予約をして自宅に来てもらうことにしました。ここは出張マッサージ専門の治療院なので、気軽に依頼ができて良かったです。ネット予約と友達紹介サービスを併用したことで、通常の価格よりも1000円引きで施術を受けることができ支出を抑えられました。
出張マッサージを利用したことがなく少々緊張していたのですが、女性スタッフの指名ができるようになっていて助かりました。女性が女性を指名する場合、指名料は無料で良心的だと思いました。
ここ最近寝てもなかなか疲れが取れないこと、肩こりや腰の痛みがあることなどをいうと体全体を心地よくもみほぐしてくれたので良かったです。力加減もちょうどよく、痛みはまったくありませんでした。初回ということで1時間の予約をしたのですが、あっという間に時間が過ぎてリフレッシュできたので満足しました。
出張マッサージは自宅など自分の希望する場所で施術を受けられるため、非常に有用だと思います。周りの人の視線を気にすることなく、リラックスできました。

日本橋で生まれ育ちました。周辺の変わりようにびっくりしています。

江戸時代に設けられた五街道の起点である日本橋。現在でも「東京まで何km」と書かれた標識は、東京の日本橋まで何kmを意味します。頭上には高速道路が交差し、近代的なオフィスビルやホテルが並ぶ都会ですが、ひと昔前、私が子供だった頃はまだまだ昔情緒のあふれる江戸の下町と言った雰囲気がありました。
40数年前、日本橋の箱崎町に生まれ幼少時代をこの町で過ごしました。私が住んでいたのは現在IBM本社ビルがある場所です。この一角には第二次世界大戦前からの古い木造の家並んでいました。私が住んでいた両親の家も木造で、引き戸の小さな家でした。ご近所はもちろんみんな知り合い、家族のようにお互いの家を行ったり来たりしていました。隣の家のおばさんが勝手にうちの家に上がり込んでいて「今日おいしい魚あったからみんなで食べよう」などと、台所で近所一同分のご飯を作ってしまっている光景は日常でした。お風呂のある家もめったになかったので、みんな銭湯通いでした。近所のおばあちゃんと一緒に銭湯へ行って、お風呂上りにイチゴ味の牛乳を買ってもらうのが私の楽しみでした。また今では見かけないと思いますが、このあたりが野良猫がたくさんいたものです。近所の誰か氏らがご飯を上げていて、どの猫も「ノラちゃん」と呼ばれていたのを覚えています。もちろんこのころはすでに高速道路が完成していたし、言ってみれば都会な場所ですから、子供が遊べる広いスペースはありませんでした。普段は高速道路の下に設けられた、暗くて小さな公園で遊んでいました。ちょっと足を延ばそうとなると、人形町にある水天宮まで行って遊んでいました。水天宮に行くときは、道中に立ち並んだ駄菓子屋さんをのぞくのが一番の楽しみでした。
幼少時代をこの日本橋で過ごした後海外へ渡ったこともあり、20年以上一度も足を運んでいませんでした。昨年戸籍謄本を取りに行く用事があったついでに、人形町に寄った時は本当にここが人形町か、と目を疑うくらい変貌していました。古い小さなお店はすべて消えていて、町全体がライトグレーのコンクリート色になっていたからです。少々寂しい気もしましたが、大都会東京の真ん中の町、近代化していない方がおかしいですね。

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